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昭和45年みなみ銀座に、全国ネットの大手ス−パ−がオ−プンした。ダイエ−徳山店である。当時小学生だった私は、無類の新しいもの好きも手伝って、友人とともにいそいそと出かけたことを覚えている。「お出かけ」と」言っても「お買い物」ではなくて、お目当ては屋上にあった子供相手のプレイスポットをのぞくことだった。そこにはゲ−ムコ−ナ−の定番であったピンボ−ルや、電気自動車や電車といった有料遊具が置いてあったと思う。この時代、デ−パ−トはもちろんのこと、この類の大型ス−パ−の屋上にも必ずと言っていいほど子供向けのプレイゾ−ンが存在していた。徳山のまち中にも、近鉄松下(私たちの世代には一番思い出のある場所だった。)に、先に撤退してしまったサティ(旧ニチイ)、そして昨年閉鎖してしまった駅ビルの屋上も時流に乗り遅れることなく子供たちを楽しませてくれていた。「親子でお出かけ」したときなど、屋上経由でないと帰らないという過去をお持ちの方も多いのではないだろうか。
そして、遊び心をくすぐられた屋上の楽園も時の流れとともに絶滅していくことになる。それどころか、いまや店の形態そのものが否定される時代となってしまった。さみしい限りである。個人的に言うとごちゃごちゃした場所が好きだ。繁華街のかもし出す独特のざわめきは実に心地よい。ノスタルジックな書き出だしからいきなり話がとぶけれど、街じたいが形成している圧縮された空間がたまらなく愛しいのだ。車が入ることのできない狭い路地の空気は歩かなければ味わえないし、屋上から見る街の喧騒はそこにビルがなければ聞くことはできないはずだ。(そういう意味で、大型のビルがどんどん閉まっていくことは残念でならない。)自転車が無造作にとめられているア−ケ−ドなどそこに暮らす人々の日常を感じ取ることができる。この感覚は郊外型のショッピングセンタ−では決して味わうことのできない醍醐味である。場所が持つ色形というものは、変えようがないわけで、いま必要なことはその中でいかにして自分流の楽しみをみつけだすことができるかということだと思う。訪れる側は、まちの構造形態そのものに興味を持った目で見るべきだろうし、迎える側はそれに基づいたサ−ビスを考えるべきだ。徳山の繁華街って通り沿いに飲食店が少ないと感じるのは私だけだろうか。オープンカフェでもあれば通りの雰囲気も変わるような気がするけど、どなたか試みていただける方はおられないでしょうか。
休日の昼下がり、愛車のレッドパンサ−1号(自転車)にまたがり繁華街の古本屋さんへ出かける。気に入った本を数冊手に入れ近くのコ−ヒ−ショップへ、通りを歩く人をきにかけながら買ったばかりの本をぱらぱら捲る。また、別の休日、子供たちと社会科の課外授業と称してカメラ片手に繁華街に繰り出す。ここが八百屋さんであそこがお肉屋さんでと写真をパシャパシャとりまくる。足で感じとった情報をもとに自分流の「お店屋さんマップ」を作る。大人も子供も興味が持てる街の形態というものはいつまでも大切にしていきたいものだ。
「トポスがなくなってしもうて困るねエ。どうしょうかねエ。」徒歩だけが頼りの母親が嘆いている。
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