ホーム馬耳周南風目次>とくらたかこ>次へ


  日刊新周南に連載中のリレートーク (2002年 5月掲載)

馬耳周南風

    緊急!な気持ちをちょっとクールダウンさせて…

 まだ20世紀だった頃、最近の徳山はホントにやばい!と漠然とした不安をもっていました。今では現実のものとなったサティやトポスがなくなるよ。といううわさが流れ、どんどん空き店舗が増えていたからです。その頃、今では多くの人が利用するようになったプレゼン(提案)ソフトであるパワーポイントを覚えたばかりで、あせりやせっぱつまった気持ちをまとめ、徳山市職員さんへ見せました。今で思えば幼稚な内容かもしれませんが、この時作成した「元気と誇りをとりもどそう!」の中には、普通の一般市民の気持ちが正直につまっていたと思い、たまに見返します。(開くのに少し時間がかかりますが、私たちのHPでみれます。 http://www.shunan.net/hokori.files/frame.htm)

 誰からどう伝わったのかはわかりませんが、半年後、私たちの作った「元気と誇り」に、ぴーえっち通り(今は新町ビル)のTsblueで出会いました。閉鎖する前の駅ビルでツリーまつりの期間中に開局したミニFM局の放送をぴーえっち通りの放送設備にも接続させてほしい、とお願いに行った時です。私はぴーえっち通りの街灯に放送機能があることにもびっくりしましたが、まだ1回しか使われていないという話にもびっくりしました。それから「えー、これ(元気と誇り)を作った人たちだったのぉー?」と店主のテリーさん(おなじみ馬耳周南風の連載メンバーです。)がびっくりして、それがきっかけとなり、私はビーイングの会に参加することとなりました。

 「まちづくり緊急プロジェクトチーム」は、かつての賑わいをとりもどしたいという思いで古いビルの新オーナーとなった小林さんに、コンペにしてみませんか?と提案した「新町ビル再生案公募プロジェクト」を実現するためにビーイングの会とまちマガの人たちで、臨時に結成したユニットであるということは、以前もここで書きました。このユニットは、新町ビルのプロジェクトだけで解散予定でしたが、いろんなまちの問題点について興味が広がり、さまざまな方面へベクトルをのばしながら今日まで続いてきています。

 市民グループとしての足腰の弱さ(どこにも帰属していないという自由さもありますが。)や発言力のなさ、仕事との両立等、悩みも多くあります。活動時間が捻出できず、中途半端なままとなったプロジェクトが重荷に感じることもあります。その上、興味の対象や考え方もバラバラな私たち。でも、せっかく続けてきたのだから、もっとネットワークをひろげたいという気持ちは一致していました。

 ただ、活動を続けていくのなら、せっぱつまって緊急だ、という気持ちで、とりあえずつけたグループ名をどうにかしなくては…と気がかりでした。たまたま徳山市長さんが直属で結成された市職員さんのプロジェクトチームと混同されることも多かったからです。

 そこで、HPのドメイン名でもある"周南ネット"という名前に変更することに決めました。ここの馬耳周南風のロゴもリニューアルしました。私たちのグループでは長老の藤兼さんのデザインです。
いつも走っていると言われた私ですが、緊急!と思っていた気持ちをちょっとクールダウンさせて、もっともっと私たちの暮らすまちのことを勉強したいと思っています。行政の出前講座を利用して公開の勉強会を開催したいな。と思っています。またお知らせしますので、ぜひ、ご参加ください。

                                      とくらたかこ


 トップページへ