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  日刊新周南に連載中のリレートーク (2000年10月掲載)

馬耳周南風

    もうじき、第51回徳山のんた祭 A

 今年の徳山のんた祭は、例年より少し遅れて、10月28日(土)、29日(日)に開催されます。昨年、この『馬事周南風』で、第50回なのにPR不足でもったいないじゃ、と少し文句を言ったので、私も徳山のんた祭についてお勉強してみることにしました。

【徳山のんた祭の歴史と現状】
 昭和20年の2度にわたる徳山大空襲により、瞬時にして廃墟となった徳山市街地ですが、徳山市民の復興意欲はすさまじく、昭和22年に都市計画事業をスタートさせ、昭和23年には、徳山大博覧会を開催しました。入場者が、60日間で60万人となり、戦災で大きな痛手を受けた市民を勇気づけました。 

 その翌年の昭和24年に、徳山市と商工会議所が、徳山湾の将来の発展を祈り、「第1回港まつり」を開催したのが、現在の「徳山のんた祭」のはじまりだそうです。(そういえば、父は、いまだに港祭りと言います。)企業や工場の好景気に支えられて発展した徳山市を象徴するようなお祭りであり、昭和33年には「産業祭」と改称されました。お祭りの内容も、企業を中心としたシャギリや物産展が主で、産業の街であることをアピールしてきました。

 昭和62年、ブラジルのサンベルナルド・ド・カンポ市と姉妹都市であることなどから、シャギリ中心のお祭りから踊りをサンバに移行し、参加型を目指しました。今でもその思い出話に花が咲く人もいます。しかし、まちおこしや活性化の手段として"祭"が注目されるようになったこともあり、平成4年に名称を公募し、「のんたフェスタ」と改称しました。同時に、また内容をシャギリ中心に戻した経緯があります。"のんた"は徳山地方の方言です。使い方を知っていますか?

 時代的背景もあり、企業の積極的な参加が期待できず、従来の産業を打ち出したお祭りとしてのカラーが少し弱まっている最近の「のんたフェスタ」ですが、今年は、徳山市制65周年を迎え、徳山市民が誇りとすることのできる歴史を生かし、さらに時代に即応した新しいお祭りとなるよう、関係者は頭をひねっておられます。(私も最近、いらんてんば をやいてます。)

【今年の徳山のんた祭りの目指すもの】
 戦後の復興を力強く支えた企業や県内一の地価を誇った中心商店街の現状も大きく変化し、最近の徳山市民は、あらゆる意味で自信を喪失しています。しかし、徳山市の底力は、まだまだ侮れないほど深いものであることを市民自身が自覚していないように思います。今年の「徳山のんた祭」では、その徳山の底力を市民が認識し、戦後の焼け野原を復興した力強いたくましさが、自分たちに脈々と受け継がれていることをはっきりと確認することを目指します。そして、もう一度、徳山に暮らしていることへの誇りを取り戻したいと思いませんか?

そこで、今年のんた祭は徳山の自慢、"ふく"がウリです。

                                      とくらたかこ


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