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  日刊新周南に連載中のリレートーク (2000年 9月掲載)

馬耳周南風

    もうじき、第51回徳山のんた祭 @

 櫛ヶ浜で生まれた私は、お祭りといえば、遠石の八幡様の春秋のお祭り、漁協組合のそばのえべっさま(今、思えば恵比寿様)、きよね旅館前あたりであったお祭り、お盆のさんさ踊りとしょうろう流しを思い出します。

 遠石の八幡様の春のお祭りは、昔は学校が午前中で終わり、みんなが行くのが当たり前でした。銀行も休みになったくらいです。今はなくなってしまい、秋のお祭りもだんだん淋しくなって、お店も出なくなったなぁ。と思っていたら、また、最近、赤子参り(おみこしの下をくぐった子どもは、病気をしないで丈夫に育つみたいな言い伝えがあって、私も何度もくぐらされた記憶があります。うちの子どももみんなくぐりました。)で話題となり、先日のお祭りは多くの親子連れでにぎわいました。みこしをかつぐ氏子たちもだんだん年をとって、みこしが重そうで気の毒だなぁ。と思っていましたが、ギャラリーが増えるとはりきるようです。私の親の代には、3つもみこしがあって順番を競り合ったそうです。八幡様の前が海だったので、体を清めてからみこしをかついだそうです。とってもお祭りらしいけど、今はもうありません。

 えべっさまでは、相撲大会がありました。毎年、行司役の人は決まっていて、なかなか采配が上手でした。女相撲に出えさん!と勧められていやだったのを今でも覚えています。親の頃は、ろを漕ぐ競争みたいなものがあったそうです。今はくじ引きがあるくらいで、淋しいお祭りになっています。

 お盆のさんさ踊りとしょうろう流しは、先日亡くなられた原江寺のおっさまが一生懸命取り組まれ、存続している行事です。途切れていた地区の盆踊りをまた復活させようと、駒澤大学の学生さんたちを先生として招いて、子供たち(私たち)に炭鉱節やオバケのQ太郎音頭等を教えられ、盆踊りをまた盛んな行事にされたように記憶しています。子どもの頃習ったので、今でも徳山音頭が踊れます。その後、レコードによる盆踊りではなく、生の唄でしか太鼓に合わせることはできない(らしい)さんさ踊りが昔のように復活しました。今でいうレゲエのような妙な踊りのステップをおばあちゃんが上手に踏むのをみては、真似をしようとしましたが、子どもの私には理解できないステップでした。毎年続けるようになり、今では、私もさんさが上手に踊れます。おばあちゃんは、昔は初盆の人の家の前でずーっと踊ったんじゃがねぇ。と言ってました。

 結婚して、今は、旧市内と呼ばれる地区に住んでいます。この旧市内でもきっと昔ながらのお祭りがあったのでしょう。

 産業祭には、鼓笛隊として出た記憶があります。失敗して恥ずかしかったので、今でも覚えています。おばや姉は、シャギリを踊りました。企業の勢いのある時代で、会社で浴衣をきれいに着付けてもらったり、髪をきれいに結い上げてもらったりと、うらやましい限りでしたが、今思えば企業の負担はものすごかっただろうなぁ。と思います。

 今は、のんた祭と名前を変えた産業祭、企業もシャギリを中止し、このお祭りは、誰のお祭りなのでしょう?このお祭りを愛している人はいるのでしょうか?もう、やめてしまったほうがいいのでは?という声もよく聞きます。でも、新しいお祭りには50回という歴史はすぐに作れません。50回くらいの歴史で、なくなると惜しいと言うには、まだまだお尻が青いですか?

                                      とくらたかこ


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