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  日刊新周南に連載中のリレートーク ( 年 月掲載)

馬耳周南風

    ヨーロッパ建築レポート(その3)

 ヨーロッパ建築レポートの第3回は公共建築のあり方についてのレポートである。
デュッセルドルフの郊外に、広大な湿地を開墾して一大美術公園にしたインゼル・ホンブロイヒ美術館がある。敷地内には彫刻家アーウィン・ヘーリッヒが設計した16棟のパビリオンがまるでミニマル彫刻のように点在している。この点在するパビリオンは遊歩道で結ばれており、一つのパビリオンで作品を鑑賞し、公園を散策してはまた別のパビリオンに至るような配置がなされている。遊歩道の途中には屋外彫刻も展示されており、自然と一体となった芸術空間が展開されているのである。

 ここでは運営方法もユニークで、パビリオンの出入り口は季節のいい時期には開放されているそうだ。自然の中にあるため、けものや鳥が勝手に出入りするらしい。では、置いてある作品は大したものがないかといえばそうではない。現代美術作品の数々は、どれも一流品で買えばかなりの額を要するだろう。金勘定をしてしまう自分はまさに日本人なのだと反省せざるをえないが、要するに金勘定のないおおらかさがここにあるのだ。自然が入ってきて建物も作品も朽ちていけばよい。そんな気持ちのおおらかさがさらに我々体験者の心を開放してくれるのだ。

 もうひとつ、これからの地方の公共建築というか公共空間のあり方にとって、非常に参考になると感じたことがある。一言でいえば「ローコスト」である。もちろんこれは安かろう悪かろうの意味ではない。素材を吟味し、適材適所に材料を使い分けるという意味である。重要なことは、どのような吟味がなされるかということと、素材の構成にいかに調和を持たせるかということだ。料理と一緒で、豪華な材料を使っても、調和がなければご馳走にならないのだ。では具体的にこの美術館ではどうしているかというと、以下のことが挙げられる。各パビリオンの形を単純にし、床、壁、屋根に使う素材を統一する。各素材はどこでも手に入り、高度な技術を要しないで施工できるものとする。どの素材も古くなったときに味わいの出るものとする。特にこれが重要で、日本のように工業製品で埋め尽くされた建物では、新しさ以外の価値が生まれないということを再度考えるべきであろう。ちなみに、床は大理石(ヨーロッパでは高くない)、壁は煉瓦で、鉄骨剥き出しのフレームにガラス屋根という構成である。特に一番興味をひいたのは、公園の真中あたりにあるレストハウスで、家具や照明が中古品かベニヤでできているということだ。しかし、ここは決して貧相な空間ではなく、建物の素材感と調和し、さらに自然と一体化したとても豊かな空間である。逆にいえば、自然が豊かだからこそ、建物はむしろ控えめぐらいでよいということだろう。

 我々が住む地方のまちは、都会ほど密集していない分、空間にゆとりがある。このゆとりを生かすことができれば、都会とは違うローコストで豊かな空間を作り出すことができるのではないかと考える。問題は、限られた知識によって硬直した頭の構造を解きほぐすことができるか、新しい価値観に対するアレルギーをなくせるかということである。

                                      石丸和広


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